東京工業大学に提出した博士論文(七邊信重,『ゲーム産業成長の鍵としての自主制作文化』)の要旨です。日本語で2,000字程度と指定されていたのに、誤って3,000字程度書いてしまいました。もったいないので、こちらにも投稿しておきます。なお、博士論文の要旨(日本語、英語)は、後日、 大学サイトで公開して頂けるそうです。
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本論文は、「ゲーム産業成長の鍵としての自主制作文化」と題し、全10章(序章と終章を含む)よりなる。
第Ⅰ部(序章~第1章)では、研究の目的や、分析概念を説明している。
序章では、本研究の背景および問題意識と、研究の目的が次の二つであることを説明している。
① 日本の家庭用ゲーム産業の停滞の原因の一つが、産業とゲーム自主制作場のつながりの低下であることを示す。
② 自主制作場の拡大(自主制作者の増加と制作者間の相互作用の増加)の抑制要因を解明し、必要な支援を提案する。また、産業と自主制作場のつながり回復の道を提案する。
第1章「分析概念」では、先行研究を整理して「三つの制作場」などの概念を提示している。作りたいゲームを自主的に作る人々の世界「自主制作文化」、作りたいものを作ることと生計を立てることを両立させる人々の世界「自律制作市場」、営利目的でゲームを制作する企業で構成される「産業」というゲーム制作の三つの場を、複数の変数で定義している。なお、自主制作文化と自律制作市場をまとめる場合、本研究では「自主制作場」と呼んでいる。
第Ⅱ部(第2章~第4章)では、第一の研究目的の達成のため、「1990年代後半以降の日本の家庭用ゲーム産業の停滞の原因の一つは、三つの制作場のつながりの衰退である」という仮説を、歴史分析(第2章)と産業比較(第4章)により検証している。また第4章に先だち、第3章で自主制作者の属性
と市場規模を記述している。
第2章「自主制作場の歴史」では、日本の自主制作場と家庭用ゲーム産業の歴史を論述し、家庭用ゲーム産業が成長を続けた1970~90年代半ばに、三つの場に深いつながりがあったこと、同産業が停滞を続ける1990年代後半以降に、そのつながりが弱まったことを明らかにしている。
第3章「自主制作場の現在」では、自主制作者の属性と市場規模を記述している。
第4章「産業と自主制作場のつながり――三つのゲーム産業の比較分析」では、産業比較を行っている。米国のゲーム産業と日本のPCゲーム産業は、日本の家庭用ゲーム産業が停滞した1990年代から2000年代に自主制作場を支援し、学校の正規教育とは別ルートから人材・表現・作品を獲得している。とりわけ米国のゲーム産業は、大きな経済的・技術的成長を達成している。これに対し、日本の家庭用ゲーム産業は、自主制作場を支援せず、むしろ自主制作場の拡大を規制していた。自主制作者の多くは家庭用ゲーム産業に魅力を感じず、自主制作の場にとどまっている。以上の分析結果は、上記の仮説が妥当性を持つこと、また自主制作場の拡大支援を通してそことのつながりを回復することが、日本の家庭用ゲーム産業復活の鍵の一つであることを示している。
第Ⅱ部の分析に基づき、第Ⅲ部(第5章~第7章)では、産業と自主制作場のつながりを回復するために産業が行うべき支援策を明らかにするため、同人文化・市場を中心に、日本のゲーム自主制作文化・自律制作市場の特徴と、これらの場の拡大を抑制する要因を分析している。
第5章「自主制作場を生み出すもの――動機と規範」では、自主制作者が「制作自体の楽しさ」「つながり」「評価」という非経済的報酬に動機づけられ制作を行っていること、非経済的報酬獲得を目指すことが、単なる事実であるばかりでなく、規範的に制作者に求められていることを明らかにしている。
しかし一方で、非経済的報酬の獲得の困難を明らかにしている。マンガ・音楽制作に比べ、ゲーム制作では、制作人数の多さや制作期間の長さなどのため、作品完成の喜びを得ること、他の制作者・ユーザーと交流すること、評価を得ることが難しい。非経済的報酬を得ることが難しいことが制作者の動機づけ
を奪い、自主制作ゲームの完成率の低さという現象をもたらしていることを明らかにしている。
第6章「自主制作場が生み出すもの――制作スタイル、経済的持続性、実験作」では、商業制作と比較して、自主制作には、「目的」「多様性」「自律性」「柔軟性」「制作期間」「ユーザーとの距離」「デバッグ」「経済的持続性」の点で特徴があることを説明している。また、こうした制作スタイルのもと
で、多くのユーザーに受け入れられることより、自分の好みや趣味を優先して作ったゲーム(=尖ったゲーム)が制作されていること、ゲームの売上で、「好きなものを作ること」と「持続的に生計を立てること」を両立させられる制作者が出現していることを明らかにしている。
しかし一方で、制作者とユーザーの非対称性が拡大していることを明らかにしている。リテラシーが高く尖ったゲームを楽しめる成熟ユーザーが減少すれば、ニッチな実験的ゲームを制作することが、動機づけと経済的持続性の両面で難しくなるため、対策が必要と指摘している。
第7章「自主制作ゲームの流通」では、自主制作ゲームの流通の特徴と課題を検討している。全国規模の同人流通が自主制作場を支えるプラットフォームとして機能していること、ゲーム系小売店や「目利き」店員の存在がゲームの認知や販売に重要であることを説明している。
しかし一方で、ニッチゲームを扱っていたゲーム系小売店の倒産、目利き店員の減少、同人流通と商業流通の併用の困難、自主制作文化の規範と経済
的持続性を目指すことの対立、商業流通の小ささなどが、自主制作文化や自律制作市場の拡大を抑制していることを明らかにしている。
以上の分析に基づき、第Ⅳ部(第8章・終章)では、自主制作場の拡大の抑制要因を整理した上で、その解決策を提示している。
第8章「結論――自主制作場の拡大の抑制要因とその解決策」では、これまでの分析に基づき、自主制作場の拡大の抑制要因が、①動機づけの不足、
②交流機会の少なさ、③制作者予備軍と成熟ユーザーの減少、④同人流通の縮小と商業流通の小ささ、両流通の併用の難しさ、⑤家庭用ゲーム産業による制作・
流通支援の乏しさの5つであることを説明している。次にこの問題の解決のために産業と中間集団が取るべき支援策として、「マネジメント知識の提供」「制作者・ユーザー間の交流と、評価の機会の増加」「成熟ユーザーの増加」「新流通制度の創出」「産業による制作・流通環境の提供」「産業と自主制作者の交流」
を提案している。
終章「まとめと展望」では、本研究で得られた知見、研究の意義、今後の展望を述べている。本研究の意義の一つは、産業論への貢献である。「産業の外」にあり、独自の社会秩序を持つ自主制作場を尊重しこれを支援することが日本のゲーム文化・産業の発展に必要であること、非経済的報酬が自主制作者の
制作動機づけであることを示し、産業内部における発展や制作者の経済的動機づけに専ら注目する経済学的産業論を補完している。意義のもう一つは、文化研究への貢献である。自主制作文化と産業の対立関係や、産業とユーザーの固定的関係を強調し前提にしてきた文化研究に対し、人材・表現・作品の移動のような文化と産業の「対立」以外の関係や、自主制作物の販売で生計を立てる自律制作者の存在を指摘し、こうした現象を分析するための新しい概念(「三つの制作場」
「四つの資本」など)を提示し、文化研究を補完している。最後に将来の研究課題として、モバイル端末向けゲーム自主制作の動向、自主制作における経済的持続性の条件、ゲーム以外のコンテンツの分析への応用の三つがあることを説明している。
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