2015年8月30日日曜日

書評:『ルールズ・オブ・プレイ――ゲームデザインの基礎』

以下は、日本デジタルゲーム学会『デジタルゲーム学研究』7巻1号(47-48頁)に掲載された、ケイティ・サレン&エリック・ジマーマン『ルールズ・オブ・プレイ――ゲームデザインの基礎』の書評です。

採録後の掲載原稿の転載を許諾している同学会誌の投稿規定に基づき、転載します。

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ケイティ・サレン/エリック・ジマーマン
『ルールズ・オブ・プレイ――ゲームデザインの基礎(上)(下)
ソフトバンククリエイティブ
(2011年2月7日、2013年5月6日)

本書は、2004年にMIT Pressから出版された、Katie Salen and Eric Zimmerman, Rules of Play: Game Design Fundamentalsの翻訳書である。日本でも刊行当初からIGDA日本などで同書の勉強会が開催され、学会誌やメディアで内容の一部(ゲームの定義、魔法円、可能態の空間など)が言及されることもあった。しかし、大著(翻訳で約1,300ページ)ゆえにその全体を理解し説明できる者は少なかったと 思われる。今回訳出された山本貴光氏と、同書を刊行されたソフトバンククリエイティブ社に、まず深く感謝したい。

以下、駆け足で本書の内容を概説する。本書はゲームデザインに関する本である。本書で言うゲームデザインとは、ゲームの遊び(プレイヤーの経験)と、そうした遊びを生み出すルールやシステムをデザインすることである。ゲームは、「インタラクション」「物語」「文化的抵抗の場」のような様々な観点から理解することができるが、本書はこうした多様な観点を「ルール」「遊び」「文化」という3つの図式に大きくまとめ、それぞれの観点からゲームを分析していく。この 3つの図式は次のように定義されている。

・ルール: デザインされたシステムの組織
・遊 び: そのシステムに触れた人に生じる経験
・文 化: そのシステムに関わり、そのシステムによって生じる、より広い文脈

以上の図式を前提にして、本書はその内容を冒頭で概説した後、「核となる概念」「ルール」「遊び」「文化」という4ユニットで、ゲームの様々な側面を分析していく。翻訳書では、概論と「核となる概念」「ルール」が上巻、「遊び」「文化」が下巻に収められている。

ユニット1「核となる概念」では、意味ある遊び(Meaningful Play。やりがいのある遊び)という概念を検討した上で、デザイン、システム、インタラクティヴィティという考え方に基づいて、ゲームに関する有名な次の定義を提示する。「ゲームは、プレイヤーがルールで決められた人工的な対立に参加するシステムであり、定量化できる結果が生じる」。また、ゲームは日常と区別される枠(境界)の中で行われるものであるとし、この枠の内側の空間を魔法円と定義している。

ユニット2「ルー ル」では、ルールの定義と、「創発システム」や「不確かさのシステム」といった視点からゲームのルールの分析が行われている。ルールは、ゲームの内的で形式的な構造を構成するものであると定義される。そして、そこには、「プレイヤーの行動を制限する」「明確で曖昧さがない」「すべてのプレイヤーに共有され る」「固定されている」「拘束する」「繰り返される」といった一般的特徴が共有されていることが説明される。

さらに本書は、ゲームのルールとは何であり、どのようにそれが働くかを理解するために、ルールを3つの水準に区分する。すなわち、ゲームの中核を担う数学的な「構成のルール」、プレイヤーが遊ぶ際に従う「操作のルール」、ゲームで遊ぶ際のエチケットや行動に関する「暗黙のルール」である。ルールをこのように3つに分類するメリットは、ゲームの抽象的なシステムや、それがどのように意味ある遊びを生み出すように働くかといったことをより深く理解することにある、と説明されている。

ユニット3「遊び」では、ルールがゲームのプレイヤーにとって意味ある経験となる様が検討される。まず、遊びが比較的固定した構造の中での自由な動きと定義される。そして、「経験」「楽しみ」「意味」「物語」「シミュレーション」「人づきあい」といった観点から、遊びとゲームの関係が考察されている。

ユニット4「文化」では、魔法円の中心から外側に焦点が移行し、ゲームがゲームのルールや遊びの外側にある文脈=文化とどのようにやりとりするかが考察される。文化を表現したり、文化的に抵抗を行ったり、外側の文化に影響を与えるものとして、ゲームが考察されている。

以上が本書の概要である。上述の通りの大著であり、多くの読者は本書を読み通すことは困難を覚えると考えられる。そこで本書を活用したい読者には、概論とユニット1を読み本の構成を掴んだ後、関心のあるユニットを中心に読み進めることをお勧めしたい。

たとえば、ゲームのルールや、ゲームの経験に関心があるゲームデザイナー、美学研究者、心理学者などは、ユニット2「ルール」、ユニット3「遊び」を中心に読むと良い。一方、ゲームを取り囲む文脈やユーザー文化に関心を持つ社会学者は、ユニット4「文化」を読むと、ゲームプレイヤーが影響を受ける文化や、プ レイヤー自身が能動的に構成する文化を理解する上で、有用な枠組を獲得できるのではないか。

最後に本書の評価を行う。ゲームを多様な観点から考察する本書は、ゲーム制作者や研究者が参考にできる視点、概念、情報が網羅されている。しかし、多様な学問分野を広く抑える反面、様々な視点、概念が十分に整理され関連づけられないまま提示されている「お勉強本」のようにも見える。それゆえ、各ユニットの内容は、個々の分野の専門家が見ると浅い考察にとどまっているように見えるかもしれない。

たとえば、ユニット4におけるプレイヤー文化研究のレビューについてそうしたことが言える。ここでは、文化研究者ディック・ヘブディジ『サブカルチャー』やヘンリー・ジェンキンス『テクストの侵害者』を参照しつつ、「Sims」「Half Life」といったゲームを用いたプレイヤーの改造(Mod)文化を考察している。文化研究を知らないがMod文化には関心があるという大学生や大学院生には、この著作と紹介されている参考文献は研究の初期段階では参考になるだろう。しかし、メディア・テクストに対する消費者の能動性を過度に強調する両書に対する文化研究領域での批判と、その批判を受けての新展開についてはほぼ言及されていない。またゲームという文化がより広い社会・文化に影響を与える側面(表現や抵抗としてのゲーム)が考察される反面、逆向きの影響や両者の相互作用、ゲームを取り巻く環境としての市場や産業は検討していない。なお本書以降のゲームプレイヤー文化研究は、文化研究の成果を取り入れつつ、文化内の多様性や文化と産業との関係などに関する実証研究を蓄積している。プレイヤー文化を研究したい読者は、T.L.テイラーやミア・コンサルヴォらのMMORPG、eスポーツ、チートなどに対するプレイヤーや企業の関わりに関する研究をさらに読み進める必要があるだろう。

本書の遊びの定義や「ルール」「遊び」「文化」という図式は、イェスパー・ユール 『ハーフ・リアル』、フランス・マウラ『ゲーム学入門』のような後続の研究で、批判的な検討が行われ洗練され続けている。本書を参照しつつ、概念と、概念間の関係を精確に定義し、少数の概念に基づきゲームの形式や文脈の深い分析を行った『ハーフ・リアル』等と比較してみることで、読者は本書の限界を理解できるかもしれない。しかしながら、本書が提示した概念は、ゲーム研究の基本図式として定着し、世界中の制作者・研究者の共有財産になっている。ゲームの形式やそれを取り巻く文脈について分析し、活用し続けたいという読者には、本書が重要な参照点、思考の源泉の1つになることは間違いないだろう。

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